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| 早川さんのお描きになる絵の魅力の一つは、日常生活の細々としたもの――イス、やかん、食卓等――が、丁寧に絵の中に描きこまれていることでしょう。そして、ときに不思議な時空の「場」を生みだす、全くあり得ない空間構成が出現すること。 |
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『西の魔女が死んだ』
(新潮文庫)
中学校へ行けなくなった少女まいが、「西の魔女」ことおばあちゃんと過ごしたかけがえのない日々を描いたベストセラー。 |
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絵に奥行きがある、と前から感じていました。早川さんの頭の中には、くらくらするほどの物語があって、それが一枚のイラストとなって表現されているのでしょう。
『800』の表紙の吸いこまれそうなスタジアム。『ロッカーズ』の破れたドアの質感。ポイントは直線なのかな。感謝しています。 |
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『800』
(角川文庫)
優等生の広瀬と野生児の中沢。800メートル走にかける対照的な二人の男子高生を描いた、青春スポーツ小説の傑作。 |
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早川さんの絵は、和菓子に似ています。
まったりもっちりとして、柔らかで、ふんわり。
桜の葉や、お茶の匂いもしそうです。 |
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『コンビニたそがれ堂
奇跡の招待状』
(ピュアフル文庫)
大事な探しものがある人だけがたどり着ける不思議なコンビニ「たそがれ堂」。じんわり心にしみわたる四つの物語。 |
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早川さんの絵は、とても静かだ。
しんとしている。
おしゃべりが聞こえたとしても、とても静かな、ささやき声。
ふいに吹き抜ける風の音や、ひっそりとそよぐ草木の音や、かすかな、かすかな虫の音も、よく耳をすまさないと聞こえない。
そんなしんとした空間を前にすると、きちんと姿勢を正したくなる。
潔癖な絵だから、というだけでなく、早川さんの絵の前にいくと、“そういうふうにしたくなる”。
たとえて言うなら、ごくごく小さな、秘密の場所みたいなお茶室で、一服のお茶を点てていただいているような感じ。そういう時、ぐにゃぐにゃ、だらしなく姿勢を崩してすわっているのは、逆に気持ち悪い。背筋をぴんとして、お茶をいただく方がよい。(ええと、これはあくまでも“たとえ”なので、原画展で、絵を観る姿勢はどうぞご自由に)
ともかく、そうやって、ようく、ようく耳をすませていると、いつしか、風や草木や虫の音なんかにまじって、不思議なひそひそ声が聞こえてくる。おや、どうやら、その声の主は人間ではなさそうな。(早川さんの絵には、まさに人間ではないものが隠れている様子が、肉眼で確認できたりもしますが)
それが聞こえてくると、もう、お茶室はお茶室という狭小空間から、がらり一変。広大な宇宙的な広がりへと我々を誘っていく。
ああそうか、ここはそういう場所か。
この世とは、そういうところか。
しん、とそれを受け止める。
ぴん、とそれを受け入れる。
早川さんの絵の醍醐味はそれだと、私は思うのですが、いかがでしょう。
茶の湯という文化を詳しく知りませんが、早川さんの絵と通底するものがあるような気がします。
そういう意味ではとても日本的な絵なのかもしれませんね。
ここという場所の底知れ無さを感じさせるのだから、ほんとうはけっこう恐い絵なのでは、とも思うのですが、それに怯えるのではなく、立ち向かうのでもなく、ぽかんと、ただ、そういうものです、といっているだけ、みたいなところも私は好き。たぶん、そのすがすがしさは、早川さんという人からにじみ出てくるものなのでしょう。たくさんのものを失った時、早川さんは、嘆き悲しむのではなく、ああ、さっぱりした、という人なんじゃないか。ものすごく広い原っぱで、風に吹かれて、飄然とたたずんでいるような人なのです、早川司寿乃さんという人のイメージは。
今回の原画展は、私にとっても、ほんとうに楽しみです。初めて拝見する原画もたくさん。原画ならではの繊細な色の重なりや透明感もたっぷり味わいたいと思っています。
一服のお茶をいただいた後の清涼感。
会場を後にする時は、ちょうどそんな気分になるんじゃないかな? |
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『ぼくらのバス』
(ピュアフル文庫)
昔通っていた「バスの図書館」をぼくらの秘密基地にしよう!――少年たちのひと夏の冒険を爽やかに描いた成長ストーリー。 |
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