――『船に乗れ!』をお書きになっている間、ずっと「苦しい」とおっしゃっていました。それは、ご自身の青春時代が色濃く投影された物語だからですか?
藤谷 三部作のうち、主に高校一年生のエピソードをつづった第一巻のシチュエーションは、まるっきり僕と同じです。主人公の津島という名字は、太宰治の本名である津島修治から取ったんですよ。はばかりながら、藤谷治→太宰治→津島修治→津島サトルとさせていただいたわけです(笑)。作品のシチュエーションと、高校時代の僕がおかれていた状況とで明確に違うのは、家のあった場所だけ。チェロを始めたきっかけも、まるっきりこの小説に書いたとおりでした。
――こんな「ザ・青春小説!」みたいな高校生活を送られたんですか!?
藤谷 いえいえ。読んでくれたうちの父親が電話してきて、「これじゃまるで、治のチェロがうまかったみたいじゃねーか」って言ってました。美化してます(笑)。
――しかし、経験に裏打ちされているだけあって、演奏シーンには臨場感がありました。
藤谷 音楽はこの小説にとって大きな要素ですが、メインテーマではありません。音楽はあくまで、 「青春」というものの大きなたとえとして使っています。だからこそ逆に、音楽のパートはなるべくきらびやかに、なるべくわかりやすく書くように心がけました。
――なるほど。だから、音楽に関して詳しくない読者でも共感できるんですね。
藤谷 音楽に賭ける高校生を主人公にしたことで、普遍性を獲得することはできたかな、とは思っています。音楽に限らず、何かに打ち込んだことのある人は共感してくださるでしょうけど、ドラマは過程にこそあるんです。スポーツにしても芸術にしても恋愛にしてもそうでしょう。音楽に関して言えば、楽器を持って舞台の上に立ち、演奏し始めたときには、もうすでにドラマとしては終わってい
る。音が出せない、指がまわらない、どうしていいかわからない、というところから、音楽を獲得していくプロセスがドラマだと思うんですが、音楽高校というのはまさにそれを日々目の当たりにするような場所なんです。完成している人間は、一人もいません。
――第一巻から第三巻まで進む間に、主人公をはじめとした登場人物たちは、それぞれ成長していきます。
藤谷 まず最初に、自分が弾けるようにならなきゃいけない。第二のステップは、いかに自分らしく弾けるようになるか。その先にあるのは、他のみんなと演奏を合わせられるようになるか、ということ。
音楽において、「合わせる」ということは本当に大事なことなんです。演奏者としての習熟と人の成長というのは比例する。それを並行して書きたいと思いました。
――読み終えると、「合奏と協奏」「独奏」「合奏協奏曲」というそれぞれのサブタイトルが、人間の関係性とリンクしていることがしみじみと伝わってきて、ぴったりなセレクトだと感じました。個々のシーンでの「選曲」も秀逸です。どのように書き進められたんですか?
藤谷 ざっくりとした物語のプランにのっとりつつ、細かなシーンに関しては、音楽から作ったもの
も多かったですね。ある曲を聴きながら、この音楽をバックに、登場人物たちはこういうことを考える
だろうな、というように。
――音楽から生まれたシーンがたくさんあるんですね。
藤谷 音楽自体には、意味は何もないじゃないですか。単なる音の連なりです。それを人間の心がキャッチすると音楽になる。人間の心を描くのが小説。だから、音楽を聴いた僕がそこからキャッチした感情やらいろいろなことを描くことで、小説ができあがったんです。




――お話をうかがっていると、音楽高校に通われていた藤谷さんが、青春音楽小説を書かれたのは必然のように思います。なぜこれまで、お書きにならなかったのでしょう?
藤谷 子供のときから専門的に音楽教育を受け、専門の高校にも行き、さらに短期とはいえ留学までさせてもらったのに、結局ものにならなかった。情けないという気持ちがすごく強かったんです。
そのあと、普通の大学に行って普通のサラリーマンを十年やって、という中で、ふと「あのとき音楽を諦めずにやっていたら、どうなっていたんだろう」とちらっと思うだけでもきつかった! それが軽いトラウマになっていたから、本当はずっと書きたくなかったんです。
――実際にお書きになってみていかがでしたか?
藤谷 高校時代、青春時代というものは、爽やかなだけではないし、楽しいだけでもないんですよね。いわゆる「青春ドラマ」みたいな出来事は、なかなかない。思い出したくなかったことを実際に書いてみて、何か解決したかというと、そんなわけはない。やっぱり苦い思い出は苦いままなんです。だけど少なくとも直視はしましたね。それで少しは気持ちの中で自分自身に折り合いがついたような気がします。
――二巻目で、主人公は大きな苦しみに身を投じることになります。藤谷さんの「苦い思い出」が如実に現れているのでしょうか?
藤谷 ドイツへの留学など、僕の音楽高校における実体験に基づいているところもありますが、二巻に入ってからはどんどんフィクションの比重が大きくなっていきました。非常に暗い、どう考えたらいいのかわからないような事件が、主人公の身の上に起こりますよね。あのようなことは、僕の身の上には起こっていません(苦笑)。でも、人はあれくらいのことがないと、自分自身について、あるいは人間についてしっかりと考えないんじゃないか、と思って書きました。
15〜18歳くらいの年齢のときに、ちょっと触れたもの、ちょっと感動したもの、またちょっと傷ついたことで、まるっきり別の人生を歩んでしまうということは、大人なら誰でも身に覚えがあるでしょう。
「今にして思えば」っていうのが、つまり、青春ということではないしょうか。


 

――いま「自分についてあるいは人間についてしっかりと考える」というお話がありましたが、この小説では、ところどころに差し挟まれる哲学の授業シーンが印象的です。
藤谷 最初のプランでは、「倫理社会」を受け持つ若い教師、金窪先生のお話しかなかったんですよ、実は。つまり、あの部分がこの作品の幹だとも言えます。
――主人公と金窪先生が「どうして人を殺してはいけないか」について論争するシーンがあります。
藤谷 高校時代、青春時代のものすごくよい点は、そういう根源的なことをいくらでも時間をかけて考えられる、ということではないでしょうか。就職して仕事をするようになったら、仕事のほうがメインになってしまって、抽象的なことなんて考えられなくなるじゃないですか。どんな青臭いことでも徹底的に語ったり、考えたりできるのは、高校生と哲学者だけです。「なぜ人を殺しちゃいけないのか? そんなのあたりまえじゃねーか、そんなこと言ってるからガキだって言われるんだ」というのが、一般的な大人の答え。でも、高校生はそのことを考えていい。哲学者も同じ。だから、哲学者と高校生を対話させようと思ったんです。
――「考える」というプロセス自体をお書きになりたかった、と。
藤谷 青春小説は、どこかを舞台にして書かれます。今回の場合は、音楽高校というすごく特殊なところですよね。だけど、その特殊なところの特殊な事情を書いただけでおしまいにはしたくなかったんです。どんな人にとってもいっぺん考えてもらいたい、ということについて書きたかった。音楽の面白さ楽しさ悲しさというものをたっぷり書きながら、メインではあくまで根源的なことに関する対話を書きたい、という思いが強かったですね。
――「考える」というテーマをお書きになるには、高校という舞台と高校生と先生という登場人物が必要だったんですね。
藤谷 演奏がうまくできて万歳! とか、そういうのは、本当に一瞬の出来事。それ以外のこと、あんまり人に言いたくないような恥ずかしいことっていうのが「青春」の正体なんだと思います。
――読者として、藤谷さんの作品から常に前向きなエネルギーを与えてもらっています。今回藤谷さんが読者に伝えたかったのは、どのようなことですか?
藤谷 人生には苦いものがある、ということですね。悲しいこと、あるいは自分でやってしまった失敗をなかったことにできればいいんだけど、そういうわけにはいかない。解決もしない。人間は、苦いままそれを背負って生きていかなきゃいけない。うやむやにしても、心は決して軽くなりませんしね。でも、それでも生きるっていうことが一番大事で、唯一の方法なんじゃないかな、と思うんです。
全編通して、それが読者に伝わっていたら嬉しいです。
――どんな人に読んでほしいですか?
藤谷 まずは高校生。それから、高校生だったすべての人に。実際には大人の読者のほうが多いと思いますけどね。これまではどちらかというと携帯小説のような軽い読物を読んできた若い人たちにとって、最初に読む「しっかりした小説」であってほしいと願っています。そして、大人になってもう一度読み返してもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。
(『asta*』2010年1月号収録)
 構成/編集部  撮影/根津千尋
 





藤谷 治(ふじたに・おさむ)
1963年東京都生まれ。洗足学園高校音楽科、日本大学芸術学部映画学科卒業。2003年に『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』でデビュー。08年、『いつか棺桶はやってくる』が三島由紀夫賞候補になるなど、注目を集めている。著書『遠い響き』『またたび峠』『下北沢 さまよう僕たちの街』『恋するたなだ君』『おがたQ、という女』ほか。共著に、本作のスピンオフ短編が収録された『青春音楽小説アンソロジー Heart Beat』など。



『船に乗れ! T〜合奏と協奏』
『船に乗れ! U〜独奏』
『船に乗れ! V〜合奏協奏曲』
 定価:本体各1,600円+税




※『asta*』は、ポプラ社グループのPR誌です。
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